【なぜ海外移住したのか】13ー人生の転機となった北京大富豪との出会い
北京出身の中国人との出会いから新たな視点を学ぶ
すっかり香港びいきになっていました。
中国大陸に対しても、人権を無視している国というイメージで。
香港から見ると、既に手にしている自由を中国が奪っていくという恐怖感がありました。
香港は自由だからこそ成長しているのだ。今の香港を守るぞと。
はっきりいって、中国は嫌うべき国であった気がします。
全てが香港からの視点で考えていく。
当時の日本のマスコミもそれが大勢であったのではないかと思います。
そのような自分に、新たな出会いがありました。
北京出身の中国人と知り合ったのです。
結果として彼は、私の海外への進出を直接的に助けてくれる存在になります。
彼は、当然のように香港から見ていた大陸とは真逆の視点を持っていました。
今思えば、北京人ということで非常に敵対心というか香港にとって悪い人だという思いがありました。
しかし、非常にリベラルな方でした。
私の香港への思いや、天安門事件、さまざまな人権問題に率直に答えてくれました。
もちろん、家族ぐるみでお付き合いするようになってからのことではありますが。
知り合った当時は、平日の昼間も家にいて何もしていないので絶対スパイだと思い、自分の言動にも注意をしていたのですが(苦笑)、彼の生き方に大いに影響を受けるようになります。。。
中国では小学校から英語を授業で教える衝撃
偶然知り合った北京の方。娘さんを日本の地元の小学校に編入させていました。
全く日本語ができなかったので、学校に馴染むのも大変だったと思います。
このとき、日本の小学校では英語は教えていないのか?と聞かれました。
娘は北京の小学校で英語教育を受けているのだが・・・と。
日本の小学生が全く英語ができないということが意外だったようです。
日本は先進国で国際色豊かな国と思われています。しかし、当時は日本の小学校では英語を教えていませんでした。
どうにも理解できなかったようです。
一方、私も中国の小学校が英語を教えているということに非常に驚きました。
香港で受けた衝撃というものがよみがえってきます。
日本は先進国なのではないだろうか?
他のアジアの国の方が進んでいる部分があるのかもしれない。
日本の教育レベルは国際的に高いのか?
日本は本当に国際的に進んでいるレベルにあるのか?
自分の中で漠然と考えていた疑問がどんどん大きくなっていきました。
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【なぜ海外移住したのか】01ー小林克也氏との出会いで世界を知る